太陽の地図帖『矢沢あい『NANA』の世界』に掲載しきれなかったこぼれ話を、本誌の内容を交えて再編集したweb太陽特別編。全5回の第2回目。
――レンてピストルズのシドにちょっと似てない?
と、ハチは言う。「そうか?」「シドのが100万倍かっこいーぜ」とナナは答える(*1)。
だが、無造作に立ち上げた黒髪にタイトなライダースジャケット、ボロボロに引き裂いたTシャツ、エンジニアブーツ……。ハチの指摘通り、レンの姿はあたかもシドのようだ。

パンクの化身の破天荒な生涯
シドことシド・ヴィシャスは“パンクのアイコン”だ。
その伝説は、1977年、パンクの象徴的なバンド「セックス・ピストルズ」に2代目ベーシストとして加入したことに始まる。初代ベーシストのグレン・マトロックが脱退し、その後釜としてピストルズの熱狂的なファンで、ボーカルのジョニー・ロットンの友人であったシドが迎えられたのだ。
シドは、サックスやドラムなどをバンドで演奏したことはあったが、ベースに関しては素人であったとされる。それでも、モデルのような長身痩躯で、独特のファッション・センスがあり、ヴィヴィアン・ウエストウッドにも寵愛されていたシドを、ピストルズのマネージャーであるマルコム・マクラーレンは面白がり、受け入れたという。

ベースが弾けない!? ベーシストの圧倒的なステージ
シドはピストルズに加入してからベースの練習を始めたといわれる。そのためか、同年10月にリリースされたピストルズ唯一のオリジナル・アルバム『Never Mind the Bollocks, Here's the Sex Pistols(勝手にしやがれ!!)』では、ほとんど弾いていない(主にギターのスティーヴ・ジョーンズがベースも掛け持ちで担当した)。
しかし、ステージでは圧倒的な存在感を放ち、その人気はボーカルのジョニー・ロットンと二分するほどだった。
ドラッグのせいで、まともに演奏できないことも多く、ステージで観客とケンカをすることもあった。自身の体をカミソリで切り刻んで出血し、客と殴り合って鼻血を出し……、血まみれになりながらベースを弾く姿は、「存在そのものがパンク」として多くの若者の心をつかんだ。
パンクのカリスマとしての役割を果たすかのように、シドは破滅へとひた走った。そして、1979年2月2日、ドラッグの過剰摂取によって、21歳という若さでこの世を去った。

映画『シド・アンド・ナンシー』に描かれた、破滅的な恋
シドが「伝説のパンクロッカー」として名を刻むのに貢献した映画がある。シドの死から7年経った1986年に公開され、世界的なヒットとなった『シド・アンド・ナンシー』だ。

1978年、ニューヨーク。シドがナンシーを刺殺した容疑で逮捕される場面で映画は幕を開ける。警察の尋問により、シドはナンシーとの馴れ初めを語り始める――。
1977年、ピストルズに加入したシドは、アメリカから来たナンシーと出会い、恋に落ちる。ナンシーは薬物中毒の不良少女で、彼女の影響により、シドもドラッグに溺れていく。
やがてピストルズは解散。その後、ナンシーとともにニューヨークに移ったシドはソロアーティストになるも、ますますドラッグに依存するようになる。そして、ある朝、ナイフで刺され絶命していたナンシーを発見する……。その後、シドはナンシーの後を追うかのように世を去る。
この映画は名優ゲイリー・オールドマンの映画初主演作であり、出世作。シドの母親にも話を聞くなど、徹底的に役作りをして臨み、シドの純粋さと破滅的な生き方を余すところなく演じ切っている。
シドに共振するレンという男
レンとシドは違う。外見こそ似ているかもしれないが、レンの性格は穏やかだし、レンのギターの腕は確かだ。
しかし、レンもまたシドのように、ナナと運命的な恋をした。レンが亡くなったのがナナの21歳の誕生日前日なのは偶然ではないだろう。
*1『NANA』第1巻135頁

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