「猫は野獣性と家畜性と二つの性質を持っている」藤田嗣治│ゆかし日本、猫めぐり#51

連載|2024.10.4
写真=堀内昭彦 文=堀内みさ

二面性

 本当はビビリン坊。
 ママのそばにいるのが何より好き。

 その一方、自分は強い、とも思っている。

 目下のところ、力試しを繰り返す日々。
 まずは、水を飲んで息を整え、

いざ出陣!

 向かった先は……、

やはり、自分は強いと思っている兄弟のところ。

 いいぞいいぞ! その調子!
 だが……。

 相手も反撃を開始。すさまじい摑み合いに。

 ビビリン坊はどこへやら。

 どんなに愛らしいおチビでも、猫は猫。
 野生の血が流れている。

 今月の言葉
「猫は野獣性と家畜性と二つの性質を持っているので、そこが面白いと思う」
──藤田嗣治(参考:別冊太陽 日本のこころ271『藤田嗣治』)

 おかっぱ頭にちょび髭、丸眼鏡。手には極細の線を描くための面相筆を持ち、机の上には墨や硯が置かれている。一見して、日本を強く印象づける藤田嗣治(つぐはる)の自画像。日本人として、まさに「腕(ブラ)1本」で西洋絵画の伝統に挑んだ、この世界的な画家の自画像には、たびたび猫が登場する。
 フジタにとって猫は、「サイン代わりに猫を描くこともある」と語るほど重要なモチーフ。多くの場合、画面の一部の、しかも顔のみ描かれているにもかかわらず、鋭い観察力と、下描きなしで一気に仕上げたという直感から生まれる的確な筆線によって、猫の生命力が生き生きと伝わってくる。
 1886年(明治19)、東京府牛込区(現 東京都新宿区)に生まれたフジタが、単身パリに渡ったのは、東京美術学校西洋画科(現 東京藝術大学美術学部)卒業後の1913年(大正2)、27歳のとき。当時陸軍軍医だった父から、3年間という期限付きで仕送りをしてもらう約束を交わしての渡仏だった。
 当時のパリは、世界各国から気鋭の芸術家が集う、最先端の芸術都市。フジタは世界に名高いルーヴル美術館に足繁く通い、古代芸術の研究と模写に励む一方、モディリアーニやピカソなどさまざまな芸術家との交流を通して大きな刺激を受け、独自の画風を模索する日々を送った。
 だが、渡仏後1年で第1次世界大戦が勃発。多くの在留邦人が帰国し、仕送りも滞る中、フジタはフランス南西部のドルドーニュやロンドンなどで疎開生活を送り、ヨーロッパに留まり続けた。結局、ヨーロッパでの滞在延長と自活を決意し、日本に残してきた妻とも離婚。背水の陣でパリに戻ったフジタは、自力で画家としての道を切り拓いていった。
 そんなフジタの名が広く知られるようになるのは、1919年(大正8)に開催されたサロン・ドートンヌに初出品した油彩2点と水彩4点、その全点が入選したことがきっかけだった。やがて、フジタは一躍パリ画壇の寵児になった。
 フジタの画風の特徴は、「素晴らしき乳白色」と称賛された白の持つ独特の質感と、浮世絵に見られるような毛筆による極細の線で対象を描き出す点にある。特に高い評価を得た裸婦像では、たとえば、ゴヤの『裸のマハ』などに見られる裸婦の定番ポーズを採用する一方、肌の白さには、独自に考案した「乳白色の下地」が透ける技法を用いるなど、日本の美意識を反映した独創性が発揮され、西洋の裸婦像の伝統に新風を吹き込んだ。
 作品に猫が登場するようになるのも、パリ時代のこと。夜遅く、盛り場からの帰り道に足にからみついてきた猫を不憫に思い、家に連れ帰ってきたのがはじまりで、アトリエにモデルがいないときに描くようになったという。今月の言葉は、フジタが猫を友達にする理由を随筆で述べたもの。別の機会には、猫は「ひどく温柔(おしとや)かな一面、あべこべに猛々しいところがあり、二通りの性格に描けるので面白い」とも書いている。いずれにしても、故郷を遠く離れた異国の地で、西洋絵画史に名を残したいと苦闘していた当時の若きフジタにとって、猫は大きな慰めとなる存在だったのだろう。
 後年は旅から旅の人生を送り、行く先々で、画材を現地調達して作品を制作したという。特に日中戦争や第2次世界大戦が勃発した時期は、日本でも10年ほど暮らし、さまざまな制作のはざまに、着物姿の自身の懐から猫が顔を覗かせている自画像を描いている。
 晩年はフランスに戻り、同国に帰化。カトリックの洗礼も受け、洗礼名をレオナールとした。「私は、世界に日本人として生きたいと願う」──。そう語ったフジタは、現在、フランス北部のランスにある、自身が設計した小さな礼拝堂に眠っている。


 今週もお疲れさまでした。
 おまけの1枚。
(絶対負けないもん!)

堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。

堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。

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