イルフ童画館の会場入り口で。堀内誠一のポートレートと並ぶ堀内花子さん

堀内花子さんと見て楽しむ

「堀内誠一 絵の世界」展
長野県岡谷市・イルフ童画館

アート|2024.9.22
エディター・竹内清乃

堀内花子さんが案内する展示の見どころ

アートディレクターとして雑誌「anan」「BRUTUS」「POPEYE」などで時代をリードした堀内誠一(1932-87)。その一方で手がけた数々の人気絵本の原画展が、長野県岡谷市のイルフ童画館で開催されている。
イルフ童画館は日本に「童画」を根付かせた芸術家・武井武雄のコレクションで知られ、今回の企画展「堀内誠一 絵の世界」は2人の稀代のアーティストを結びつけた絶好の機会といえよう。
展覧会初日の9月14 日、堀内誠一の長女の花子さんがギャラリーツアーを行い、1時間半を通じて絵本作家としての父の思い出を語りながら、会場の展示作品を紹介した。

展示室で作品の解説をする堀内花子さん(右から2番目)と、展覧会を企画したアートキッチンの林綾野さん(右端)

最初の絵本『くろうまブランキー』

堀内誠一が絵本を描くきっかけとなったのが、花子さんの母である路子さんとの出会いだった。
グラフィックデザインの仕事で活躍し始めた堀内誠一が、千代田光学(のちのミノルタ)のPR誌「ロッコール」のデザインを担当した頃、編集部にアルバイトで入ったのが内田路子さん、後に堀内の妻になる人だった。
花子さんによると、「父(誠一)は、海外からも取り寄せるほど絵本が好きだったので、母と話が合ったのだと思います。母は福音館書店の月刊絵本『こどものとも』の編集の手伝いをしていたので、母を介して編集長の松居直さんと父が会い、松居さんは父の絵を見ずして絵本を依頼したのです。よほど父は欧米の絵本に詳しかったのでしょう」という。
松居は堀内に、瀬田貞二再話のグリムの物語『七わのからす』を依頼したが、堀内は納得のゆく制作ができず、ゆきづまってしまう。そこで次に松居が提案した『くろうまブランキー』が先に完成し、堀内の絵本第1作となったのだった。
『くろうまブランキー』は、原作がフランスのフレネ学校の子供たちによるクリスマス絵本。馬のブランキーの黒、バックの格子模様の赤、もみの木の緑が、リズミカルな色の表現となって、クリスマスの特別なひとときを物語っている。
それまでの絵本とは違った新鮮な感覚があるのは、やはり堀内のエディトリアルデザイナーとしての視覚的センスが秀逸だからだろう。その才能を見抜いた松居直と、道筋を作った路子さんの編集者としての力量も見事である。

『くろうまブランキー』(1958年・福音館書店)の表紙・裏表紙の絵 *改訂版のために1967年再制作

花子さんがモデルの絵本と、人気者「ぐるんぱ」の登場

堀内誠一の絵本のもう一つの魅力は、身近な生活を描いた親しみやすさである。
いわゆる教訓的な内容や、昔話の絵本がよく読まれていた時代に、堀内は自身の家族を題材にしたポップなスタイルの絵本を世に出したのだった。
『おおきくなるの』(1964年・福音館書店)は、長女の花子さんをモデルにした絵本。ぶかぶかの帽子をかぶって、もうじきお姉さんになる女の子が大きくなったら何になろうと考える物語。
その絵の近くに、同じような帽子をかぶった幼い頃の花子さんの写真も展示されている。
堀内自身、もうじきふたり目が生まれる父親として、子どもの成長を見つめた目を通して、自作の文とビビッドなカラートーンで仕上げた絵本。
この絵本が出た翌年に発表されたのが『ぐるんぱのようちえん』(1965年・福音館書店)。こちらは主人公の大きな象の「ぐるんぱ」が、いろいろな職業にチャレンジして失敗しながら自分に合う仕事を見つける物語。ずっと大人気のベストセラー作品だ。
堀内は、靴屋などを実際に取材してスケッチを重ねてから絵を描いている。だからデッサンにごまかしがなく、ぐるんぱが物づくりをする場面が魅力的なのだ。
今回、イルフ童画館内のショップでは、絵本の中のぐるんぱのビスケットを再現して販売している。ぐるんぱがビスケット屋で働く場面のイラスト入りパッケージが愛らしくて癒される。

『おおきくなるの』(1964年・福音館書店)より。主人公の「わたし」のモデルは堀内花子さん
北軽井沢の大学村で。帽子をかぶり、父・誠一と散歩をする花子さん。
『ぐるんぱのようちえん』(1965年・福音館書店)より。

堀内誠一が見た武井武雄の絵本

今回の関連企画として、堀内誠一が武井武雄に影響を受けていたことに着眼したコーナーが3階の常設展示室の中に設けられている。
堀内は自著の『絵本の世界110人のイラストレーター』(1984年・福音館書店)で古今東西のイラストレーターを紹介しているが、そのひとりに武井武雄が入っており、堀内は次のように記述している。
「幼時の記憶に焼きついた彼の作品の魅力も、独創的な小王国の境界線もそこにあったが、R・R・Rに親しまなかったら私は“童画”を描くようになっていたか怪しい」
「R・R・R」とは、武井武雄の絵本『ラムラム王』の主人公、「Roi Ram Ram」の頭文字。武井は自分がラムラム王の生まれ変わりとして、自作のサインに使っていた。
堀内が幼い頃に接した「ラムラム王」は、長じて絵本を描く道へといざなった重要な存在だったといえるだろう。
もう一つ、堀内が影響を受けたキャラクターに、武井が挿絵を描いた『岸邊園長の世界旅行』(1993年・鈴木仁成堂)の岸邊園長がいる。
花子さんによれば、堀内は「幼い頃に武井の絵で親しんだ岸邊園長の姿、世界一周旅行をし、燕尾服に山高帽と蝙蝠傘をたずさえる紳士を強く記憶し、作品の中にキャラクター的に登場させている」という。本展では、堀内が岸邊先生をイメージしたと思われる人物が登場する『月夜とめがね』(『赤いろうそくと人魚』に収録・1972年・あかね書房)と『24人のわらうひとともうひとり』(1977年・ポプラ社)の原画(いずれも本展初出)と、『てとゆび』(かがくのとも・1969年・福音館書店)を展示している。
 
武井武雄は、子どもの魂に触れる絵を「理想の童画」として、大正から昭和初期の絵雑誌を通じて広く子どもたちに手渡していった。そして童謡や詩の創作、書物の芸術といわれる刊本作品の制作など多方面で才能を発揮し、それらを発表するカタログや装幀も自ら手がけるデザイナーでもあった。
その次世代となる堀内誠一もまた、雑誌のアートディレクションやロゴデザイン、本の装幀、企業広告のデザイン、展覧会やショーの企画、そして絵本の創作という幅広い分野で活躍し、新時代を切り開いたアーティストだった。
2人が出版文化に果たした功績は計り知れない。そして2人の絵本を通じてクリエイティブな息吹は子どもたちに伝わり続け、その魅力的な世界は果てしなく広がっていくことだろう。

武井武雄の刊本作品No.55『ラムラム王』 1964年 イルフ童画館所蔵

「堀内誠一 絵の世界」展は11月24日(日)まで(詳細は下記参照のこと)
 WEB太陽の好評連載「堀内誠一のポケット」も毎月配信中。

展覧会概要

「堀内誠一 絵の世界」
イルフ童画館
会期:2024年9月14日(土)〜11月24日(日)
開館時間:9:00-18:00(入館は17:30)まで
休館日:毎週水曜日
観覧料:一般510円、中・高生310円、小学生160円
(諏訪6市町村在住または在学の小・中学生、岡谷市在住または在学の高校生は無料。心身に障がいのある方とその介護者1人は無料)
問合せ:電話0266-24-3319
公式ホームページ:https://www.ilf.jp

関連書籍

展覧会公式図録
「堀内誠一 絵の世界」
監修=堀内事務所
編集=アートキッチン
発行=平凡社
定価:2,750円(本体2,500円+税)
B5変型判 240ページ

別冊太陽 日本のこころ317 「新版 武井武雄の本 幻想世界のマルチアーティスト」
監修=イルフ童画館
定価:2,750円(本体2,500円+税)
A4変型判 168ページ

*「生誕130年 武井武雄展」が石川県立美術館で10月6日(日)まで開催中
https://www.ishibi.pref.ishikawa.jp
その後、巡回展もあります。

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