猫を通して日本を知る、「ゆかし日本、猫めぐり」。
第43回は、利己と利他のあわいを、武者小路実篤と猫ちゃんに学びます。
されど仲よき
一人(匹)の時間をこよなく愛し、
何より自分を慈しむ。
惹かれるモノやコトに出会ったら、心の声に正直に、即行動。
それぞれが、みんな「自分」を生きている、それが猫。
互いが「自分」を大事にしながらも、
自然にいたわり合うことができるのは、
自分も相手も、ともに「自分」を生きる尊い存在だと、
理屈を超えてわかっているから?
程よい距離感を保ちながら、
何かあったら、「どうしたの?」と声をかけ合う。
そんな関係、素敵だな。
猫はやっぱり、私の師匠。
今月の言葉
「君は君 我は我也 されど仲よき」
──武者小路実篤
享年90。長い作家人生において、小説や戯曲、詩や随筆など6000編を超える作品を世に問い続けた武者小路実篤。40代からは書画にも親しみ、日本画は1万点以上、油絵も100点以上遺したと言われている。
今月の言葉は、そんな実篤が自身の絵に添えた「讃」と呼ばれる詩文の中で、たびたび登場させたものの一つ。生涯をかけて、生命や個の存在を尊重し、自己と社会の調和を実現するべく、さまざまな活動を続けた実篤の根本思想が凝縮された言葉と言える。
明治18年(1885)、現在の東京都千代田区一番町で生まれた実篤は、子爵だった父を2歳のときに亡くし、兄や姉とともに母子家庭で育った。実篤にとって、人生最初の、また最大の恩師はトルストイ。少年時代に、当時三浦半島で半農生活を送っていた母方の叔父の家で毎夏過ごした実篤は、その叔父の影響で、聖書やトルストイの著作を知り、キリスト教的な無償の愛や、奉仕の生活を善しとする人道主義的な思想に共鳴するようになった。だが、熱烈なトルストイ信奉者となる一方、その禁欲的な思想に息苦しさも感じるようになっていく。
そんなトルストイの呪縛から実篤が解き放たれたのは、メーテルリンクの著作を読んだことがきっかけだった。隣人を自分のように愛するためには、まず自分を本当に愛することを知らなければならないこと、さらに、本当に隣人を愛するためには、自分のように愛するだけでは足りなくて、隣人の中の自己を愛さなければならないとするメーテルリンクの考えに、実篤は深く感銘を受け、まず自分を生かそうと考えるようになっていく。文学の道を選んだのも、「自己を正直に生かしたいため」だった。
「自己を生かす」という考えは、明治43年(1910)に学習院中等科時代からの友人、志賀直哉らと創刊した月刊同人雑誌『白樺』にも受け継がれた。「個性を生かすことによってのみ自分の存在の価値がある」という考えを中心に据えたこの『白樺』には、有島武郎やその弟の生馬(いくま)、里見弴(とん)、柳宗悦(むねよし)などが参加。互いに相手の長所を尊重し合いながら、各人各様に作品を発表し、その真価を世に問うた。加えて、当時の日本では珍しかったセザンヌやゴッホの絵画、ロダンの彫刻など西洋美術の紹介にも努め、文学だけでなく、日本近代美術界にも大きな影響を与えることになった。
その一方、実篤は大正7年(1918)に、労働に勤しみつつ自己を磨き、お互いを生かし合う理想社会について書いた「新しい生活に入る道(後年「新しき村に就ての対話」に改題)」を、『白樺』誌上で発表。これに共鳴した若者たちによって、宮崎県児湯(こゆ)郡木城(きじょう)村に「新しき村」が創設された。当初は実篤自らも村に入り、他の村内会員と生活を共にしながら農作業などを行い、執筆活動に励んだ。後年は、村外会員として村の活動を支え続けたという。
小説家という枠に収まらず、詩人、画家、さらに思想家として、まさに自己を生かし切り、日本の文化や思想に大きな影響を与えた実篤。一方で、その一生は、「真の利己を謀れば、それが人類の為になるように人間が作られている処に人間の価値がある」という自身の言葉を実証するために費やされたとも言える。「真の利己を謀る」とは、実篤の言葉で言い換えれば「良心の命ずる処をふむこと」。自分の利益だけを考えることではないという。
もっとも、猫にしたら、「真の利己を謀る」=「ありのまま」かもしれない。自分も相手も尊重するという人間には難しいことを自然にやってのける猫たちを見ていると、自ずとそう思えてくる。猫という生き物を知るほどに、時折とてつもなく奥深い世界を垣間見た気がして、やっぱり師匠、と平伏してしまう私である。
今週もお疲れさまでした。
おまけの一枚。
こちらも仲良し。
(僕がいるから大丈夫……と言っているよう)
堀内昭彦
写真家。ヨーロッパの風景から日本文化まで幅広く撮影。現在は祈りの場、祈りの道をテーマに撮影中。別冊太陽では『日本書紀』『弘法大師の世界』などの写真を担当。著書に『ショパンの世界へ』(世界文化社)、『おとなの奈良 絶景を旅する』(淡交社)など。写真集に『アイヌの祈り』(求龍堂)がある。
堀内みさ
文筆家。主に日本文化や音楽のジャンルで執筆。近年はさまざまな神社仏閣をめぐり、祭祀や法要、奉納される楽や舞などを取材中。愛猫と暮らす。著書に 『カムイの世界』(新潮社)、『おとなの奈良 心を澄ます旅』(淡交社)、『ショパン紀行』(東京書籍)、『ブラームス「音楽の森へ」』(世界文化社)など。